鹽竈神社(塩釜・しおがまじんじゃ)の御祭神

●塩土老翁神(しおつちおじのかみ)
●武甕槌神(たけみかづちのかみ)
●経津主神(ふつぬしのかみ)
の三神を御奉祀する。

よく三代の神にお仕えになり(延命長寿)、しかも国土の弥栄の基を予言し実行され、
如何なる難事も易々と解決に導き、しかも成就し(安く産みまとめる)、また1日も欠く
ことの出来ぬ塩の製法をお授けになり、土地を拓き、産業を興し、増産に御努力
(殖産興業)なされた神。
或いは武士の神でありながら戦いを厭い、平和裡に国土を治めになって、武の真意
と武人のあり方をお教え下さった、高い御神徳の神様である。

「塩土老翁神(しおつちおじのかみ)」
神話に、海幸彦・山幸彦の物語の中に、山幸彦(御本名を彦火火出見命)ー神武天皇の御祖 父が、大切な釣り針を失って困っていらっしゃる時白髪の老人がお出になって、易々と事難を解 決なされて御難儀をお救いになったそのお方が塩土老翁神で、「東方に良い地がある。ここに 都をお遷しになって、天下を正しく治めになれば、末永く栄える、弥栄の国となる。」ことを、 お教えになり、御自身で進んで御案内申し上げて、日向の国を立たせられ、大和の国にお進み になって橿原に都をお定めになりました。
その後東国鎮護として、今の奥州にお進みになり、 土地を開拓して、産業を興し奨め、また初めて海水より塩を造ることをお考えになりました。


「武甕槌神(たけみかづちのかみ)・経津主神(ふつぬしのかみ)」
天照大神のお使いとして、出雲の国に渡られ大国主神と御会談、戦いをなさらず、平穏裡 に、国譲りの大業を成し遂げられ、国土開発と住民の安寧福利とに御努力された武士の神 であります。
延命長寿・交通安全・産業開発、特に安産・初宮詣り・虫封の守護神として御神徳高く全国より 崇敬尊信せらる。

鹽竈神社(塩釜・しおがまじんじゃ)の御由緒

■当社は天保6年(1835年)名古屋城築城の折り奥州国の武将岩田藤忠公が
名古屋城築城工事安全・無病息災を祈願し奥州一之宮鹽竈神社の御分霊を
尾張国にお迎えされました。
当初は名古屋城内に祭られていましたが、お城の完成に伴い天保6年(1835年)に
この西日置に遷座され現在にいたります。

鹽竈神社のさまざまな利益は
まずは海の神さま、かつては入り江が近くにありました。
堀川や運河での航行安全を願い祈願されています。
また、名前由来どおり塩の神様、人間になくてはならない塩の製法を
授けてくださった神様として信仰が寄せられています。
海は母なるという考えから、産業発展、延命特に安産、生育安全には
ご利益があると言い伝えられています。

江戸時代には武将の信仰が厚く社殿などの改修工事に多額の寄進がありました。
堀川の開削工事を進めた福島左衛門大夫正則(福島正則)は手水石のご奉納いただいております。 
福島正則公は本豊臣家の家臣であったこともあり手水石は瓢箪型に掘られています。


鹽竈大神は安産の神様で昔より
「如何なる難事も安く産みまとめ解決に導き場所してくださる」と言い伝えられています。
お宮参り・生育安全・虫封じ。七五三などの子どもさんの安全のお詣りも多いです。

境内では無三殿社(かっぱの神様)が祀られていて鹽竈大神社で安産祈願し
出産の折に痔病にならないように無三殿大神をお参りします。


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